離婚後に元パートナーの浮気や離婚が発覚!その時慰謝料請求は?実体験を元にお話します。パート2

まず、この記事は、【体験談】離婚後に元旦那の浮気や不倫が発覚。その時慰謝料請求は?part1の続編となります。
パート1では、筆者の結婚から出産までのヒストリー、そして私は離婚発覚までなぜ浮気や不倫に気が付かなかったのか?という理由、ワンオペ育児、元夫の親の闘病・看病生活について触れていきました。
そして、息子が2歳半になる頃、夫婦関係は大きく変化していきます。
夫婦関係の変化?私自身はワンオペ子育てのストレスがマックスに

息子が2歳を迎える頃、私自身の子育てへのストレスは膨大に膨れ上がっていたと思います。
夜泣き、慢性的な寝不足、魔の2歳児が常に部屋をちらかしたり、目が離せない。
また、車のない生活で買い物もベビーカーで片道20分の往復。
息子はもちろんかわいいのですが、体力的にも精神的にも限界でした。
元々、子供が生まれる前は夫の車で買い物に出かけていました。
それがまさか子供が産まれた途端に夫が家に帰ってこない生活が続くとは…。
車の免許がない私。
利便性の良い場所へ引っ越しを考えていました。
そんなある日。
私はパジャマのような薄着のまま郵便物を取りに、アパートの郵便受けへ向かいました。
そこで事件が起きるのです…。
部屋に戻ると…なんと玄関のドアが開きません。
そう、たった数十秒のあいだに2歳の息子が家の中から鍵をかけてしまったのです。
もちろん携帯電話も財布も持って出ていない私。
ドアを必死に叩きます。
「息子くん!開けて!」
しかし、返事は返ってきません。
30分程このやりとりをし、流石に中にいる息子の様子もわからず恐怖が湧き上がってきます。
なぜ返事をしないのか?
なにか変なものでも口に入れたりしていないか?
とにかく不安が押し寄せます。
パジャマのような薄着の私。
上はペラペラの白ティーに下は短パン。
こんな格好で人様の前に出るなんて考えられないのですが、恥をしのんで近隣の住人を探します。
そうしてなんとか鍵をこじ開けてくれる業者を呼ぶことができ、2時間後くらいに玄関の扉が開きました。
息子も大人しく座っていました。
無言でしたが、きっと恐怖で言葉が出なかったのでしょう。
「私何やってるんだろう…」と自責の念に駆られました。
私のストレスはこの頃からどんどんと膨れ上がり、闘病中の父を看病している元夫に不満を抱くようになりました。
お義父さんが苦しんでいる時に、看病している夫に不満を抱くなんて…という自己嫌悪や、でも助けてほしい、寂しい、色々な気持ちが重なり、私はストレスを発散する方法がわからず過食に走っていました。
当時の1年間で10キロは太ったと思います。
お金もそんなにかけず家の中で短時間で出来るストレス発散方法。
それは、お菓子やジャンクフードを夜な夜な一人で食べまくるという行為でした。
それ以外になかったのです。
新事実発覚。そして大喧嘩

ある日私は夫に問い詰めます。
もう少し家族の時間を取る事が出来るのではないか?
子供の成長を一緒に見届けて欲しい…と。
しかし、夫の口からは父親の看病を優先するという言葉が出てしか出てきませんでした。
当時、入院中の夫の父はほぼ寝たきりとなり食事なども手助けなしでは不可能でした。
しかし、私は知っていました。
旦那は夜な夜な友達達と遊び歩いてる事。
朝まで飲んで…という日々を繰り返していると。
もちろんそこには数名の女子たちもいる。
せめて、夜遊びをする時間があるのなら家で子供と過ごす時間を作ってくれないか。
この話をすると不機嫌になる元夫。
育児の疲れもあり、私は喧嘩をする事すら避けるようになります。
その後、約一年、元夫不在のまま過ごしていく事になります。
感情の変化。離婚を決断する。

約一年ほど、旦那の手助け無く生活をしていく私。
感情の変化が訪れる事になります。
このまま息子と2人で生活したい。
それまでは離婚をしたくない、息子からパパを奪いたくないという気持ちが大きかったのですが、こんなにいつも家にいない夫の事をなんと説明すればいいのかも分からずにいました。
父親の看病に、夜遊び、何が本当で何が嘘なのかすらもわからなくなっていた私。
その日は正にプツンと糸が切れるような感覚でした。
”離婚しよう、このままだと私は病んでしまう。”
”病原体と縁を切る事が1番なのではないか。”
そう自然と思えたのです。
元夫へ電話離婚を決意した旨を告げる

離婚しようと決意したからには、すぐ伝えなくては。
そう考えました。
電話をし、もう離婚する。
ですからあなたはもうこの家には帰ってこないでください。
まとまったお金が出来たら私もこの家を出ます。
それまで最低でもこの家の家賃だけ払って下さい。
離婚後は養育費を払ってください。
と伝えました。
初め、夫は戸惑っていたと思います。
夫が発した言葉は
「離婚してどうするつもり?」
「なんで?」
でした。
一年以上私の気持ちに寄り添ってくれる事のなかった夫。
この言葉もきっとただのセリフのようなもので、感情は入っていなかったと思います。
しかし、子供の事はなんだかんだ可愛いと思っていたのでしょう。
私はなんとか家賃を払ってもらえる事だけを条件に離婚を切り出しました。
なぜ家賃を払ってもらえるかというと、当時私たち家族が住んでいたのは会社の社宅で旦那の給料から引き落としになっていたのです。
ですから、次の家が決まってから離婚届を出そうと思っていました。
そこは離婚準備をする中でなにかとお金が必要な中、とても大きかったと思います。
離婚準備!最初の難関、物件探し

次の日から新しく済む家の物件探しが始まりました。
車の免許のない私。
貯金もそんなにありません。
なるべく初期費用の安い物件を探します。
そこで、思いもよらない壁にぶち当たる事になります。
※10年以上前の事なので当時と少し勝手が違います。
それでは次回の
シングルマザーが離婚後にぶち当たる壁①賃貸の契約
へ続きます。